私の推しは炎上しない

私の推しは、私が推している間は炎上しないと言うジンクスがある。多くの方はツッコミを入れたくなることだろう。

「いやそれただの幻想だよ」

しかし私はこのジンクスを掲げ続ける。数日前に元推しが炎上した経験を踏まえた上で、掲げ続ける。

私は彼のことが大好きだったし、尊敬していた。共演者の誰もが彼を「優しい」と評していたし、実際私も接触の対応などからその通りだと感じていた。顔が好きだった。私は誇張なしで、彼ほど綺麗な人間を見たことがなかった。演技が好きだった。繊細な表情の演技が大好きだった。迫力のある殺陣も。

 

彼のする仕事はいつも私をワクワクさせた。しかし2020年初頭、私は今までになく、一際心が踊っていた。
元々私が好きだったアニメの、好きだったキャラを彼が演じることになった。大好きな舞台の続編も決まっていた。
今年も、今年はより一層楽しい一年になる。たくさん通おう!とそんなことを思っていた。

しかし、コロナウイルスの影響で、そんな計画は全て無に帰した。もう一つ大きな仕事も決まったけれど、その公演も3分の2がコロナウイルスのせいで見られなくなった。私が持っていたチケット分の公演は全て中止になった。

会えなくても見れなくても、それでも好きな気持ちが失速することはなかった。彼はファンと一緒に憤ってくれた。たまの配信ではすごく悲しげで、それでも見ている私たちを元気付けようとたくさん喋ってくれた。

仕事がなくなってしまっても、彼が生活に困るようなことになるのが嫌で、配信を買うことに極力お金を使った。彼がデザインした服も買った。FCもほとんど更新ないしチケットは当たらないけど(当てるチケットがそもそもあんまりなかったけど)退会しなかった。
最後の接触で掛けてくれた素敵な言葉を反芻しては、また会いたいと思った。
お金を掛けたらかけた分だけ幸せになれた。本来お金では買えない幸福と言うものを、金で買うことができるようにしてくれる存在だった。


全部嘘でした。
配信で「映画も見に行けない」とか「電車に乗れない」とか「タバコ吸えない」とか「体弱いからコロナが本当に怖い」とかもう全部嘘。

私が健気に「私は娯楽が無くなっただけだけど、推しくんはお仕事がなくなってるんだから大変だよね!追いパーカーします!」とかやっていたのはなんだったのかな。全然大変じゃない。つらそうじゃない。クラブでマスクなしでツーショット撮ってクルーズ船でシーシャって。私より外出てるね。

10月にアンサンブルから陽性者が出る直前、意味ありげに「誰も責めないであげてほしい」と泣きそうになりながら言っていた。私はその後公演中止が発表された時、その意図に「気づいた」と思っていた私は、落胆しつつもすごく感動した。
「本人も凄くつらいだろうに、そんな風に人を気遣えるんだ」
ああそう、自分が外で歩いてるからですか。
怒涛の伏線回収。スピルバーグもびっくりだね。

 

特別心に刺さったのは、写真がバレた後の対応である。彼は誤魔化そうとした。嘘をついた。投稿を消した。
優しくて可愛くて少し頭が悪くて可愛い彼はどこにもいなくて、頭の先から爪先まで嘘が詰まっているのだとわかってしまった。
何より、私にとって大切なものは、彼にとって全く大事ではなかったと言うことを直感してしまった。
私にとって大切なのは、大切だったのは、「板の上で演技をする彼」で、それが守られるためならばなんでも良いと思っていた。私からそれらを奪ったコロナウイルスが憎かった。罹った人に責任はないとはいえ、軽薄を極めた人間のせいで感染が拡大していることもまた事実で、そのような人間たちを心から恨んでいた。

彼自身が「軽薄を極めた人間」で、
彼自身が「私の推し」を奪った。

仮に著しく信用を失い仕事ができなくなっても、何らかの収入源があるのかもしれないと思った。元々「芸能人にならなくて済むならならなかった」と言うような趣旨の発言をしていた。私にとって大切な彼は、彼にとって全く大切ではなかったのだ。

月並みな表現にはなるが、これまでの数年間が崩れ去っていくような気がした。
幸せや豊かさを”くれた”と思っていたが、単なる前借りだった。
彼は嘘をついていた。今もついている。おそらくはこれからも吐き続ける。
コロナが憎いと言った言葉も、私に掛けてくれた優しい言葉も全部嘘かもしれない。

推しの炎上が怖かった。大好きな人間が何かをしでかすことよりも、大衆から大好きな人間が罵詈雑言を浴びせられることの方が恐ろしいと思っていた。
DV事件によって取り沙汰された俳優のリプ欄には、復帰を望む女性ファンがいくらか見られた。彼女たちを冷笑する声も多かったが、私にはできなかった。大好きで大切な人間がいきなり炎上して、気持ちを切り替えられる自信がなかった。使い古されたジンクスを握り締めて、いつも怯えていた。

 

しかし私の推しは炎上しない。なぜなら、
推しは炎上した瞬間推しではなくなるので、『推しが炎上』する時は永遠に来ない。

 

禅問答のような答えだが、私は今とても清々しい気持ちでいる。
私の推しが、私が推している間に炎上することはない。ジンクスは守られた。そしてこれからも守られ続ける。
彼がこれからも嘘を吐き続けて誤魔化しで生きていくであろうことと同様に。

 

そうして彼のことを大嫌いだとはっきり認識したあと、気を紛らわせたくて溜まっていた呪術廻戦を見ようと思った。ガンダム00を一気見するのもいいかもしれない。夜通し鬼滅の刃を読み直すのもいいかもしれない。

私は気がついた。どの作品も彼が面白いと言っていたから、出演するから見始めたものだった。
私は泣いた。好きだった思いの残骸を必死に抱きしめているようで惨めだった。